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諏訪之瀬島ライブレポート

2001年5月11日

「当日まで船がでるかわからない」ということでぼくらは事務所待機という不思議なスケジュールでしたが(笑)11日13時ぐらいに十島村役場の満田さんから連絡を受けて17時30分の飛行機で鹿児島へ。

ちなみに諏訪之瀬島は鹿児島と奄美の間にあるトカラ列島の島のひとつ。人口約70名。子供たちは小中学生あわせて15名ぐらいかな?
詳しくはこちらを参考にどうぞ。

今回、そこに住んでいるmayumiの友人田中みゆきさんからの推薦で「十島ファミリー劇場」で諏訪之瀬島に招待されることになった。

前日にぼくの親父から「諏訪之瀬島が噴火しているらしいぞ」と。
インターネットとかニュースとかじゃ、そんなことぜんぜんでてこないので違う島と勘違いしているんじゃ、と思って鹿児島へ着いて船に乗る寸前に満田さんに聞いたら「噴火してますよ」だって(笑)おいおい、大丈夫か?と思ったけど平気な顔しているし、災害女と呼ばれるmayumiと一緒に行動するといろんな嵐や大雪にあったけどこれまで被害もなかったし(笑)ま、いいかってことで乗船(笑)

船は11日夜11時50分出航。揺れもほとんどなかったがmayumiがちょっと気分が悪くしたようだ。やっぱ飲み過ぎかな?(笑)

2001年5月12日

朝9時30分に諏訪之瀬島到着。
なんと灰は道に2.3cmも積もっていて噂通りもうもうと噴火している御岳に「こんな経験そうそうできないぞ」なんてぼくらはもう開き直るしかない (笑)
ちなみにテレビ朝日の「TVタックル」の取材陣も一緒に降りた。

みゆきさんに出迎えられ挨拶して灰が降る中を軽自動車で民宿へ。
ちなみに民宿はふたつあってそのうちのひとつ浜原荘へ。
民宿のおばあちゃんは「島唄の人も泊まるはずなんだがね〜」とぼくらをみていうのだけど「それってぼくらなんですけど」というと「え?」
どうももっと歳食った年輩の人だと思ったらしい(笑)
「島唄を存分にお楽しみください」というチラシが回っていたらしくぼくらもちょっと困惑(笑)といいつつもそれも見込んで選曲してきたんだけど、ちょっと不安が。
おばあちゃんは奄美出身で「ここはハブがいなくて住みやすいよ」とニコニコ。でも外の犬は降灰にうんざりしてましたけど(笑)

テレビとか見れるのか疑問だったけど鹿児島市内で見れるものは問題なく見れるしBSやCSが普及しているので映画もよく見ているようだ。イチローの活躍を観ながらおみそ汁と目玉焼きの朝飯を食べた。

しばらく時間があって外へでたのだが降灰の凄さに閉口。ちょっと歩いてすぐに戻ってきてしまった。民宿の畳みの部屋で寝そべっていると外の降灰なんて忘れてなんという静けさ。時々うぐいすが鳴いて心地いい。

のんびりとした時間を過ごし昼飯。14時からコンサートの仕込みのために会場となる公民館へ。30畳ぐらいの小さな公民館だけど綺麗なところだ。今回、横浜からコンサートに必要な機材をすべてもってきた。運搬は大変だったがすべてチェックしてもってきたので音響に関する心配はほとんどなく満田さんやみゆきさんなど島の人にも手伝ってもらいスムーズに仕込みできた。

お年寄りの期待に応えられるか気になっていたのでリハーサルで 今回奄美の島唄というより流行歌である三沢あけみさんの「島のブルース」をぼくらなりにアレンジしたものをやってみたら3人の手伝いの方にはバカ受け!
諏訪之瀬島ライブのために用意したものだったので一安心というか嬉しくなった。
照明とかもみんなで考えてイスを並べるのではなくゴザをひいてのお座敷的ライブ(笑)いい感じになる予感がした。

この諏訪之瀬島は以前にリゾート開発で企業が飛行場を作り、結局は撤退した、ということで名残で800mの滑走路が残っている。
で、下の少年が遊んでいるのは砂場ではなく灰の積もった滑走路なのだ。

車で島内を見渡しながら、その滑走路の跡地で16時から島の子供たちを集めて「TVタックル」の取材陣が撮影するというので見学に。驚いたのは子供の人なつっこさ。この子供たちは本当に無垢なんだと痛感した。灰が降る中、わいわいとぼくの持ってきたビデオカメラに戯れてしばらく楽しんだ。

取材自体はなかなか取材陣がこないし、来たと思えば灰が積もって凄いせいで、かわいそうに子供たちは撮影前に掃除をさせられる始末。

この撮影は5月21日「TVタックル」でオンエアされるということだが、もちろんネリヤ★カナヤは出演しない(笑)

その後、しばらく民宿に戻りシャワーを浴びてライブ時間が来るまで待機。
夕飯はとんかつでぼくご機嫌(笑)

レポート2へ続く>>